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鎌倉七口「朝夷奈(朝比奈)切通」と「熊野神社」

投稿日:2018年10月18日 更新日:

鎌倉七口というのは、鎌倉に通じる七つの道のことをいいます。

朝夷奈切通(あさいなきりどおし)」は、鎌倉七口(かまくらななくち)の中で最も当時の面影を残しているといわれる切通です。

 

朝夷奈は、朝比奈とも呼ばれていて、バス停にも地名にも朝比奈が使われています。

ただ、切通についてだけは朝夷奈切通と表記されてるので、切通については朝夷奈切通で統一しています。

 

今回は、朝夷奈切通を通って「熊野神社」に行ってきました。

「金沢八景駅行」のバスに乗って「朝比奈」バスまで

朝夷奈切通は、鎌倉市と横浜市とを結んでいる道です。

鎌倉市になるのは十二所という町で、横浜市になるのは朝比奈という町です。

徒歩でわざわざ往復するのは疲れるので、行きは鎌倉駅から「金沢八景行」のバスに乗って「朝比奈」バス停まで行き、ここから朝夷奈切通を抜けます。

金沢八景からは、バスに乗って30分ほどで朝比奈に着きました。朝比奈バス停の周辺には、少し駅よりにセブンイレブンがあるだけです。

ちなみに、鎌倉駅から朝比奈までのバス賃は240円です。

 

朝比奈バス停から原宿方面に100mほど歩くと、朝夷奈切通の標識があるので、ここを左折します。

 

朝夷奈切通の標識に従って左折し、さらに200mほど進むと朝夷奈切通の入口があります。

上の写真が朝夷奈切通への入り口です。

 

入口付近には、朝夷奈切通についての解説板があります。入口を入って少し進むと、横浜横須賀道路が上を走っています。

『鎌倉幕府は、仁治元年(1240)六浦津との重要交通路として、 路改修を議定、翌年4月から工事にかかりました。執権北条泰時自らが監督し、自分の乗馬に土石を運ばせて工事を急がせたといいます。

当時の六浦は、塩の産地であり、安房・上総・下総等の関東地方をはじめ、海外(唐)からの物資集散の港でした。舟で運ばれた各地の物資は、この切通を越えて鎌倉に入り、六浦港の政治的・経済的価値を倍増しました。

また、鎌倉防衛上必要な防禦施設として、路の左右に平場や切岸の跡とみられるものが残されています。

鎌倉市境の南側には、熊野神社がありますが、 これは鎌倉の艮(鬼門)の守りとして祀られたと伝えられています。

鎌倉七口の中、最も高く険阻な路です。

横浜国際観光協会 横浜市教育委員会文化財』

朝夷奈切通しは、和田義盛の三男の朝夷奈(朝比奈)三郎義秀が一夜にして切り拓いたという伝説が残っています。

 

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朝比奈入口側から熊野神社まで

朝夷奈切通は、鎌倉と六浦湊を結ぶ塩の道で、1956年に金沢街道が出来る前まで幹線道路として利用されていました。

古い写真で馬と一緒にこの道を進む人を見たことがありますが、今は切通を歩く人はほとんどいません。

 

朝夷奈切通に入ってすぐ、右側には石の仏様と庚申塔?があります。昔からある道を歩いていると、たびたびこのような石像に遭遇します。

 

横浜横須賀道路の下を進んで行きます。昔の道路と新しい道路が一緒にあるちょっと不思議な空間です。

 

切通の道は舗装はされてませんが、踏み固められてるので歩きやすいです。

ただ、鎌倉寄りの道は足元がぬかるんでるところが多く、特に雨上がりだとクツが泥だらけになります。

 

途中の道は狭隘になっていて、自然の要害を形成しています。

鎌倉幕府執権の北条氏の一門である北条実時は、朝比奈の先にある金沢を治めましたが、金沢の地を北条一門の実時が治めたことで、北条氏は鎌倉に変事があったときは切通を通って兵を鎌倉に呼び寄せることができるようになりました。

外から鎌倉を攻められた場合は、この狭い切通を塞げば大軍は入ってこれません。

ちなみに北条実時は、日本最古の武家の図書館を創立したことで知られています。

 

切通には、途中で枝分かれしている道がいくつもあります。昔の生活道路には里道がたくさんあったそうです。

 

切通に入ってから5,6分ほど歩くと、熊野神社との分かれ道が見えてきます。

石柱には「左 熊野神社」と刻まれています。

一旦、熊野神社を目指すため、分かれ道を左折して進んで行くことにします。

 

鎌倉時代に創建された熊野神社

熊野神社入口には熊野神社の案内板があります。

御祭神 速玉男命、伊邪那岐命、伊邪那美命

古伝に曰、源頼朝鎌倉に覇府を開くや朝比奈切通の開鑿に際し守護神として熊野三社大明神を勧請せられしと、元禄年中地頭加藤太郎左衛門尉之を再建す、里人の崇敬亦篤く安永及嘉永年間にも修築を加え、明治六年村社に列格、古来安産守護に霊験著しいと云爾

源頼朝が鎌倉に幕府を開くや、朝夷奈切通を切り開いた際、守護するために熊野三社大明神を勧請したのが始まりのようです。

 

 

向かう途中、リスを2回ほど見かけましたが、おそらく三浦半島で問題となっているタイワンリスでしょう。

 

分かれ道に入って5,6分ほど歩くと神社入口が見えてきます。

平日だったからか他に参拝客はいませんでした。というより、朝夷奈切通は今までに数回通ってますが、普段から訪れる人はあまりいません。

森の中にある神社なのでアクセスしにくいのが一番の難点です。

 

階段を昇ると拝殿があります。

拝殿の奥にある階段を昇ると本殿があります。

本殿が新しく見えるのは、一度再建されてるからのようです。

拝殿前からの眺めは、なかなか神秘的でした。境内には他に誰もいませんでしたが、きれいに掃除がされてました。

 

境内には、市指定天然保存記念物のスギもあります。

 

熊野神社から鎌倉へ

熊野神社の参拝が終わったら、一度、分かれ道に戻って今度は鎌倉を目指します。

朝夷奈切通の鎌倉側は足元がぬかるんでて道が悪いです。

雨上がりだったので川みたいになってました。

 

朝夷奈切通出口付近にある「三郎の滝」です。

三郎は、和田義盛の三男・朝夷奈(朝比奈)三郎義秀のことです。

 

朝夷奈切通を出て少し歩くと梶原太刀洗水があります。

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鎌倉方面に歩いて数分で、十二所(じゅうにそ)の住宅地に出ます。

このまま道なりに進むと、県道金沢鎌倉線の道路にぶつかります。

近くには、「十二所神社」というバス停があるので、そこでバスを待って鎌倉に戻りました。

 

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