朝の5時に起きて、仕事へ行く前に三浦市の「城ヶ島」に行ってきました。

 

城ヶ島は、神奈川県の三浦半島の南に位置している島で、周囲約4kmの面積0.99k㎡の大きさをほこります。

江の島の面積が約0.4k㎡なので、城ヶ島は江の島の約2.5倍も広いことになります。

ミシュランガイドで二つ星にもなってます。

立石公園と京浜急行久里浜線「三崎口」駅

仕事場に行く前に城ヶ島に行くため、朝5時半過ぎに家を出てバイクで国道134号線を南に向かいました。

平日の早朝6時前だと、登り方面は車の量がそこそこ多いのですが、反対の城ヶ島方面へ向かう車は少なくて快適でした。

 

地図でルートを確認するために途中にある立石公園へ立ち寄りました。

 

秋谷立石

石が立っているように見えますが、自然にできたものです。ここ立石は江戸時代から景勝地として知られ、有名な浮世絵もあります。

 

立石公園には無料駐車場があるので、日中によるといつも混雑してますが、平日の朝6時だとガラガラでした。

ただし、天気が良かったりして富士山が見えるような日は、早朝でも満車になったりします。

 

地図で確認するといっても、城ヶ島までは大通りをひたすら南下するだけです。

立石公園を出て、国道134号線をそのまま南下していくと京急久里浜線の終点駅「三崎口」駅にたどり着きます。

 

三崎口駅前は、畑が広がっていてのんびりとした雰囲気です。いい雰囲気の田舎駅です。

三崎口が京浜急行の最終駅ですが、この先にも街があるせいか車で駅まで送ってもらうサラリーマンや学生の姿があって人は多い印象でした。

週末は「みさきまぐろきっぷ」の利用客で混むこともありますが、駅前はスーパーもありません。一応コンビニはあります。また、引橋まで行けばベイシアというスーパーがあります。

 

目指す城ヶ島は、三崎口からさらに南下した先にあります。

城ヶ島大橋の渡し料が無料に

追記:以前は城ヶ島大橋を渡るのにバイクは50円でしたが、現在は無料になってました。

 

以下は、記録として残しておくだけです。

城ヶ島へわたるには、城ヶ島大橋を渡っていくのですが、城ヶ島を利用するには料金がかかります。ただし、城ヶ島に住んでいる住人は無料となっています。

管理人は、バイクでいったので本来なら50円かかりますが、訪れたのが朝の7時過ぎ(営業時間外)だったので無料でした。

 

城ヶ島大橋の利用料金ですが、

二輪自動車(50㏄を超えるもの)と軽自動車は50円

貨物自動車と小型自動車(5、7ナンバー)は100円

普通自動車(3ナンバー)は150円

路線バスは200円、定員11人以上のバスは530円、特殊自動車は300円

となっています。

 

利用料金がかかる時間は、

3月から10月は、8:00から19:00

11月から2月は、8:00から18:00

でした。

これ以外の時間は料金無料です。

 

三浦半島から城ヶ島へと続く城ヶ島大橋

 

城ヶ島大橋の上からの眺めです。

 

県立城ヶ島公園の駐車場利用時間は8:00から

城ヶ島といえば、県立城ヶ島公園が有名ですが、駐車場は8:00からでないと利用できませんでした。

 

県立城ヶ島公園は、城ヶ島大橋を渡って直ぐの分かれ道を右に行った先に受付があります。

右に曲がらず、そのまま坂を下りて行った先には「城ヶ島灯台」があります。

 

県立城ヶ島公園入口を右に行かずに下へ降りて行った場所には第2駐車場がありますが、そこも8:00からが利用時間となってました。

 

駐車場の利用料金は、普通車は1日450円、二輪車は1日100円です。

白秋記念館と「かながわの景勝50選 城ヶ島と大橋」

城ヶ島は、「城ヶ島と大橋」として「かながわの景勝50選」の一つに選ばれています。

そして、城ヶ島大橋はかながわの橋100選にも選ばれています。

 

城ヶ島第2駐車場の横にある道路沿いに、かながわの景勝50選の石碑が立っています。

石碑が立っている場所からの眺めは個人商店が並ぶだけの景勝とは程遠い感じでしたので、白秋記念館の方に行ってみました。

 

城ヶ島と大橋の石碑から歩いて数分の場所に白秋記念館があります。

北原白秋の「城ヶ島の雨」は、白秋が城ヶ島に住んでいたころの作品だそうです。

 

記念館の前には、城ヶ島大橋があります。城ヶ島大橋の下に建物が建っている感じです。

 

観光地なので島内は思ったよりも整備されてました。

 

白秋記念館の前からの眺めは、なかなか素晴らしい景観でした。

 

白秋に関連する石碑もあったのですが、風化してなんて書いてあるかわかりませんでした。

 

三浦半島と城ヶ島とはそんなに距離が離れているわけではなく、城ヶ島大橋が1960年に開通するまでは渡し船で半島と島を行き来できたようです。